「生きてる実感感じてますか?」

っていきなり聞かれてもちょっと、面食らいますよね。

 

普段意識していないかもしれないし、

改めて、そういわれても照れくさいしとか・・・。

 

でも、私の前では

そういうことを堂々と言う人がとても多いです。

 

というか、

話がそういうことだらけのような気がします。

 

本の企画を考えると自分に向き合う

 

私は、よく聞き上手だ

とか

コーチングの技術を持っているんですか?

とか

言ってもらえることがあります。

 

でも、

私は、コーチの資格を持ってるわけでもないですし

聞き方を上手になろうと思ってこともありません。

 

企画を考えるには、材料が必要で

早くわかりたいので、

「どうしたら、新鮮なネタを出してくれるか」

そればかりを考えているから

こうなっちゃんだと思います。

 

また、

私は、採用されるだけの企画は意味がないと思っています。

 

著者が心から伝えたいことにひもづいた

企画をつくりたい。

 

そうしてると、

なぜ、この本を世に出したいかに迫ることになり

 

結果

「自分の生きてる意味がわかりました」

「今、生きてる実感がします」

 

そんなセリフが当たり前に展開される。

 

そんなことになるのでしょう。

 

どういう時にイライラしますか?

 

とはいえ

街を歩いていると

「生きてる実感味わってます!」

 

っていう感じの人の方が少なそうで

大人になると、

何が自分の喜びかに迷ってる人も多そうです。

 

でも、そういうときは

「自分のとっても嫌なこと」

「イライラすること」

から、みつけると、わかってきます。

 

先日も、

あるぷろジェクトのリーダーが

 

ビジョンの話をするときときには、

感情豊かに喜びを全身に表わし、表情も豊かなのに

 

タスクの話をするときが、

とたんに頭の回転がにぶり、

同じ説明を何回も繰り返すは、論旨は矛盾だらけだは

これ、二重人格なんでは?

と思われるほど人間性があからさまに違う様子を

みせていました。

 

ここまで、極端だと

周りも、あきらめざるを得ない。

 

ちなみに、私の周りは、こういう極端はめずらしくないのですが、

 

みんな、まわりをあきらめさせるくらいに

極端になってしまえばいいのだと思います。

 

そんなことしたら、迷惑では!

と考えて、自粛するからわからなくなる。

 

自分も含めて調整能力があるので

なるよにしかならないのだと思います。

 

自分のセンサーに敏感に

 

あまり、我慢の訓練をしていると

センサーが鈍って

 

「楽しいことってなんだっけ」

ってなっちゃいます。

 

また、逆に、楽しいことばっかりでも

センサーは磨かれません。

 

楽しいことをベースに

「怒り」や「イライラ」など

負の感情があるから

 

「先に進みたい!」

「絶対こうしたい!」

 

という強い意志がでてきます。

 

本を出したいというエネルギーは

原始的なパワーから始まります

 

それが言語化され

まず、

「こういう誤解をしているのが、残念!」

「間違ったやり方をみんな信じてるから、救いたい」

 

では、どうやってそれを実現するか

ということを考えるわけです。

 

著者に必要なものはパッション

 

著者から必要な要素をひとつひとつはがしていって

最後に残るもの。

 

それは、「パッション」です。

自分のエネルギーの源泉。

 

大切にすることが、いい著者になる秘訣です。